顛末の顛末

 
インドのラマカント・マハラジを知ったことをきっかけにして、このブログに書き散らしてきた戯言がものすごく恥ずかしくなって和訳記事以外はコメントもろともすべて消した、ということについては、しばらく前に書いた (その事情説明も恥ずかしくなって、結局非公開にしていた)。

自分の傲慢さ、醜さ、勘違いがどうにも我慢できなくなり、すべて放り投げたくなったのだった。

それでも季節の関係なのか、恥ずかしさと嫌悪は変わらず強く感じてはいるものの、無知の披瀝としか呼べない記事の数々もひとつの記録としてここにあってもいいのかなという気持ちになっている。消した状態を維持することのほうがかえって不自然であるような。

それで、バックアップしていたものをどうにか掘り返して、コメントも一緒に復活させることにした (一部うまく戻らなかったものもある)。あまりにもくだらない数本の「自分語り」記事は復活させていない。

この半年ばかりは情緒的にもだいぶ不安定で、テンションは低めながら安定だけはしていたこれまでの「自己イメージ」が崩れ、混乱が続いている。

非二元一般に対する関心は、一時はほとんど消えていたが、ジャン・クラインやダグラス・ハーディングのインタビューをそのうち訳してみようかなと考える程度には復活している。